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日々の事・趣味

『すべて忘れてしまうから』燃え殻 著 読んではいけないと思いながら、読んでしまった

『すべて忘れてしまうから』これは、燃え殻さんの本だ。

「燃え殻さん」といっても知人ではないし、面識などない(笑)

SNSで誰かが燃え殻さんのことを呟いているので、まるで知っている人のように感じられる。

そして、この本を語る人は「既視感がある」「大切に読みたい」と言う。買ってはいけない本だと思っていた。

近寄ってはいけない。

 

しかし、不覚にも本屋に立ち寄った時、書店の方に

「あの、燃え殻さん…(知らない人なのに)、 いえ、燃え殻という人の本はどこですか」

と、探している自分に半分驚き、まあそうなるよねという気持ち半分で、前作の小説もあわせて買ってきた。

 

近寄ってはいけない本だと思っていた。

ガーベラの花紫

著者の燃え殻さんのことは、SNSでよく呟かれている。

テレビ業界の美術制作会社につとめてらっしゃる方で、いわゆる業界の裏方の仕事をしているらしい。

風貌は、人柄は、派手ではない…らしい。

かなり売れているらしい。

小説家ではなく、美術の人が書いた本、そして売れている。

なんか、胡散臭い、サブカルチャーの匂いがする。

サブカルチャーで育った私は、かなりの確率で近寄ってはいけないレベルの本確定なのである。

しかし、売れる本は、どの人にも共感するところがあるということだ。当たり前ではあるけれど。

たとえば、自分の中で考えを整理できないときに本を読み、著者や登場人物に自分を重ね合わせて、「あーこういうことだったのか」と解釈し、もう一度自分の中の考えに立ちかえり、理解するのだ。

売れる本には、この「あーこういうことだったのか」と思うポイントがたくさんの人にあるので、たくさんの共感を呼び売れるのだろう。

なんとなく、危険な本の予兆はした。著者の世界観から抜け出せなくなりそうで、まるで沼に自らはまりにいくようで怖かった。

そして、沼にはまってしまった。

 

これは、著者の燃え殻さんのエッセイ・・・だと思う

列車の車窓から見る宇宙

『すべて忘れてしまうから』は、エッセイである。と思う。

創作したものとも読み取れる。なぜなら、燃え殻さんは時々優しいうそをつくからだ。

知っているようで、全然知らない人で、同じ世界を生きているようで、全く違う世界の住人である。

それなのに、それぞれの物語の中でどこかで見たような風景、いつか感じたような気持ちが思い浮かべられて、途方に暮れる。

同じ体験をしているのではないので、心象風景を共有しているといえばいいのだろうか。

途方に暮れて、そして切ない気持ちになる。

私が、忘れてしまっていた心の動きや、いつか、もうずっと昔に大切にしていたことがていねいに書かれていて思い出させてくれる。

もう、忘れていいようなことでもていねいに思い出させてくれるのである。

でも、それは大切なことで「今生きてる自分」は、間違いなく、「過去の自分」の連続の中にあるからである。

どんなにかっこ悪い自分も、恥ずかしいくらいイキッてた自分も、成功したと思ってた自分も、一生懸命に生きてきた自分もすべてここにつながっているのだ。

テレビ制作の下請けが本業の僕は、もし全部の罵詈雑言を覚えていたら、自殺では足りないほど傷ついてきた二十年とちょっとだと思う。でもそのほとんどを本当に忘れてしまった。もうこれは、自己防衛本能というしかない。

引用:エゲツない思い出は、ひとつ覚えときゃいい

この話の中で、とんでもないものを見せられて、とんでもない要求をされるんだが、記憶に残っていることはそこまでなのだ。

ここまででも十分にキツい記憶なのだが、のちに真実は燃え殻さんの記憶とは違う、残酷なものであることがわかる。

 

人間というものは壊れないように、涙ぐましい努力を重ねているんだと思う。

私も仕事をしているとき、たまにものすごい修羅場にあうことがあった。

まるで、自分がセメントの壁になったように言葉を投げつけられたり、何回か「出る所」に出されそうになったことがある。

説明をしようとすると、それは「いいわけ」と言われ、ただ聞いていると「寝とんのか」「メモとっとんのか」と言われ、なす術もなかった。

それでも、どうにか生きてきた。

 

燃え殻さんは、記憶喪失という技をつかったが、私は、幽体離脱という技を身につけて何とか生き残ってきた。

 

 

「過去の自分」をそのとき、大切に思ってやっていただろうか。

恥ずかしくてもいいんだよと受け止めてやっていただろうか。

その後悔すらも受け止めてくれる。

 

「大切に読みたい本です」というレビュー

東南アジアのマーケット

「大切に読みたい」「少しずつ読みたい」そんなレビューを目にする。

そう、その通り。

 

表紙は飾っておくだけでもきれいなので、ぜひ平置き、もしくは立てかけてかざってほしい。

イラストレーションは、長尾謙一郎氏が手掛け、申し分ない狂った感満載の世界観が表現されている。この本に心地よい安らぎを求めているのではないので、ちょうどよい。

本文の写真は、滝本 淳助氏、存じ上げなかったので調べてみると「いか天」「タモリ倶楽部」などのキラーワードが出てきて脳天ぶち抜かれた。

本の帯は、町田 康氏(小説家)。小説家というか私には、「INU」で『メシ喰うな!』の町田 町蔵として『爆裂都市』が忘れられないのだが、なんとも穏やかな文を寄せられてるので、時間の経過を感じさせる。

スペシャルPVがあり、とてもおしゃれな仕上がり。

連載は続いている

海辺の少女

 

週刊SPAの連載エッセイは、今も続いているようだ。

残念ながら、週刊SPAを買う勇気がないので、次回作もぜひ出版してほしい。

人生はままならない。だから人生には希望が必要だ。ままならなかった僕も大槻さん同様、希望を書いた。

引用:はじめに

 

希望…なんてね。

この混沌ととしたご時世、口にするのも恥ずかしいが、たまにはこの言葉をつかってもいいのかなと思った。

 


 



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  • この記事を書いた人

みんみん

元小学校教員で子育てしながら共働きしてきました。教員のスキルと親としての子育てのちがいを感じてます。 教育の現場でたくさんのすばらしい子どもと保護者に出会い、人として少しは成長できました。 そんな日々の中で映画と音楽、本は私の旅の友達です。

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